profile
杉浦洋明
2006年東京農工大学卒。獣医師。浜松市の動物病院で6年間勤務した後、横浜市内の夜間救急病院で10年勤務。 そのうち7年間は現場責任者を務める。22年6月に横浜動物救急診療センターを開院し院長に就任。経営者としては合同会社VECCS横浜の代表を兼任。現在、横浜動物救急診療センターは日本で唯一の24時間体制かつ救急の獣医療を提供する施設であり、より良い獣医療の提供のみならず、獣医師の働き方改善にも努め、地域の連携動物病院からも信頼を集めている。学術講演や学術書執筆、学会発表のほか英語学術論文も手掛けており、杉浦院長の取り組みは多岐に渡る。
https://veccs-yokohama.jp
※本サイトに掲載している情報は2023年4月 取材時点のものです。

INTERVIEW

何かすごいことをしてやろうとか、いい結果を出してやろうなどと張り切る必要はありません。今やるべきこと、正しいと思うことをコツコツこなしていくことです。そうすれば一本筋の通った人に誇れるような結果が得られるはずです。派手でなくてもまっとうに生きることが大切です。私は凡人で特別な才能もありませんが、本当に自分が必要とされるなら自然とその道を切り開くことができると考えています。

動物に24時間切れ目のない医療を

杉浦洋明

子供のころからの夢だった獣医師になって最初の数年は一般的な動物病院で働いていました。3年目のころのことでした。私の未熟さから、診察した動物の状況を見抜くことができず「今は大丈夫でしょう」と帰らせてしまったことがありました。その晩にその動物は亡くなりました。病気が進行していたので遠からず同じ結果になっていたとは思いますが、飼い主に状況を正しく説明して心の準備をさせてあげられなかったことを今でも悔やんでいます。しかしもっと悔やんだのは飼い主でしょう。「他の先生に診てもらっていれば」と思ったに違いありません。この出来事はのちに救急医療に専念するきっかけになりました。獣医師として技術も知識もまだまだだと痛感し、ひたすら勉強に励みました。

7年目に夜間救急動物病院に移りました。どれだけ知識があっても実際にやってみないと分からないことばかりでした。通常の動物病院の診察と比べて短時間で決断を迫られる局面が何度もあります。また初対面の飼い主に重い決断をしてもらわなければならない時もあります。私は誰とでも上手にコミュニケーションを取れるタイプではありませんし肝の据わった人間でもありません。しかしそれでは救急医療の現場ではやっていけないので、できるだけ堂々と振る舞って飼い主にもスタッフにも信頼されるように努めました。

仕事に慣れてくると、夜間のみの診療体制に限界を感じ始めました。夜が明ければ仕事も終わりというわけにいかず、日中も動物の容態を見守り続けることが度々だったからです。飼い主にとって家族同然の存在を切れ目なく見守ってほしいと願うのは当然のことです。それに応えるには24時間体制の受け皿が必要でした。しかしスタッフの確保や働き方などクリアしなくてはいけない問題が多すぎて、なかなか行動を起こすことができませんでした。

  • 杉浦洋明
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地域の人が安心して動物と暮らせるように

国内唯一ともいえる24時間体制の救急動物病院を立ち上げたのは昨年のことです。一番の懸念事項は人材の確保でした。24時間体制に賛同しても、実際働くとなると体力が持つのか、家族との時間を確保できるのか、不安を拭えない人も多いはずです。同業の仲間たちにも「大変そうだね」「無理があるんじゃないか」と心配されました。それでも動物の命を救いたいという高い志を持って集まってくれたスタッフに対して、やりがいと待遇の両方で報いてあげたいと心から思いました。まず過度の負担にならない勤務体制を整え、残業は最低限に抑え、週休2、3日は確保できるようにしました。報酬も業界の相場より多めに設定しています。「やりがい搾取」のようなことをしていては良い診療はできません。質の高い診療を提供して、飼い主に気持ちよく報酬を支払ってもらい、それをスタッフに還元してまた頑張ってもらう。そんな良い循環を生むことが理想です。また時に一刻を争う緊迫感を伴う職場ですが、できるだけ冷静で穏やかなコミュニケーションを取れるよう温厚な人柄のスタッフをそろえました。

飼い主には愛犬や愛猫がどのような状態であろうと、最終的に安心して帰ってもらうことを目指しています。どれだけ腕が良くても最先端の設備をそろえていても、スタッフが冷たかったら飼い主は頼りたいとは思わないでしょう。動物に対してはもちろん、飼い主の気持ちに寄り添うことができるスタッフだけを集めたつもりです。この病院は動物と暮らす地域の人々が夜間も休日も年末年始も安心して暮らすためにあります。今後もスタッフたちと協力しながら、長く愛され頼られる病院として地域に根付いていきたいと思います。

日本の救急獣医療の教育は充分ではありません。学問として発展しにくい分野ですし、私も臨床の現場に重きを置いていたので研究は得意ではありません。しかし当院で診た動物のデータを生かして少しでも学術的な貢献ができればと考えています。今後、24時間体制の救急動物病院が全国に増えて、より多くの人が安心して動物と暮らせることを願っています。そのモデルケースとして私たちの取り組みが全国に広がれば、これほどうれしいことはありません。

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