- 清野智
- 1947年生まれ、宮城県出身。東北大学法学部卒業後、70年に日本国有鉄道に入社。仙台鉄道管理局総務部長、JR東日本東北地域本社総務部長、財務部長、人事部長、 人材開発部長、取締役、常務、副社長などを経て2006年、社長に就任。15年から東北観光推進機構会長も務める。
- https://www.jreast.co.jp/
私たちは、旧態依然とした企業から脱却するために何度も壁を破ってここまできましたし、これからも破り続けなければいけません。同時に、絶対に譲ってはいけない部分もあります。それは私たちが何よりも大切にしている「安全」です。私たちはお客様の命と財産をお預かりしているということを社員にも常々言っています。 列車は駅員や車掌、運転士、整備士をはじめ関係者全員の力で動いています。誰か一人でも手を抜けば安全は崩れてしまうのです。技術などのハード面はもちろん、チームワークなどのソフト面も大事にしています。
私の父も国鉄職員でした。トラブルがあれば朝早く家を出て行ったり、遅くまで帰って来なかったりしたのをなんとなく覚えています。家は狭い木造の国鉄官舎でしたが、 家族皆が友人を大切にしていて来客が絶えませんでした。母にはよく本を買ってもらったものです。大学は法学部だったので法曹の道に進むことも考えましたが、 自分には向かないと早々に断念しました。国鉄を志望したのは、若いうちから責任ある仕事ができると聞いていたからです。学生時代は電車通学でしたし、国鉄に勤める父の姿を子供の頃から見てきたので身近な会社だったというのもあるかもしれません。
入社3年目にコンピューター部に配属されて貨物のオンラインシステムの立ち上げに携わりました。法学部出身なのになぜと思いましたよ。コンピューターの知識を何も持たないので、メーカーに毎日通って勉強しました。当時のチームには同年代の技術者やコンピューターの専門家など社内の新進気鋭の若者が集まっていて、彼らとの議論は刺激的で有意義でしたね。 切磋琢磨する仲間と出会えたことは大きな財産になりました。彼らとは今でも年に一度は集まっています。自分が希望した部署に配属されないというのは今もよくある話だと思うのですが、若い人たちには腐ることなく一生懸命やってみてほしいですね。投げやりにならずに取り組めば、道は開けますから。
国鉄が深刻な赤字を抱えていることを知ったのは、入社して1~2年経った頃でした。国鉄は斜陽を迎えているというような噂は入社する前から耳にしましたが、 今だけだろうと思ったし、あまり気にしていなかったんです。ところが現場で必死に働く職員たちの手の届かないところで、借金はどうしようもないぐらい膨れ上がっていました。赤字解消のために運賃の値上げを繰り返し、さらにお客様の足が遠のくという悪循環に陥っていたのです。
私も入社10年目に経営企画室へ異動して何度も経営再建計画に携わったのですが、どんな計画も焼け石に水でした。新幹線や首都圏ではまだ大勢のお客様が利用してくださっていたので、 私たちにもまだ役割はあるはずだと信じていましたが、過去を断ち切らなければそれすらも失ってしまうということも分かっていました。最後のチャンスとして、国をあげて分割民営化に踏み切ったのです。
識者やマスコミが「どうせ今回もだめだろう」とこぞって批判する中、最初の1年は不安を抱えながらも一人ひとりが必死に変わろうとしていました。 それまで無愛想だった駅員があいさつをするようになるなど、現場も目に見えて変わっていったんです。そして1年で黒字に転じると自信も出てきて、サービスのあり方にも目を向け始めました。 初めて前向きに動き出したんですね。お客様に快適に利用していただけるように車両を新調し冷房を完備し、駅構内にはエスカレーターを導入して新しい試みを繰り返しました。 特に駅はお客様が必ず通るところなので、有効に使うための開発に力を入れました。運賃を上げることには限界があるので、駅ビルやホテルなどの関連事業で収益を増やそうと考えたのです。
民営化から20年経って社長に就任しました。私は引っ込み思案なところはあるけれど「常に前を見て走ろう」と決めて、挑む気持ちで自分を奮い立たせてきました。 立ち止まれば進歩も終わってしまいます。サービスも現状のままではなく、これからも向上していくつもりです。 若い社員たちには、何をしたいのかビジョンを描いてほしいですね。そのフィールドを用意できるように会社側も努力するので、それをつかんでほしいと思います。 その結果、会社全体が活性化すればいいですね。「まあいいや」「こんなもんだろう」と投げやりになった途端に空気がよどんで、昔のようになってしまうと思います。 皆さんには、何事にも真剣に向き合ってほしいです。そうすれば、人生が終わる時に「生きてきてよかった」と思えるはずです。一度きりの人生、精いっぱい頑張ってください。
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