- 佐々木政敏
- 1949年、広島県出身。85年、島根医科大学卒業。卒業後の87年、広島大学付属病院、西広島医療センターを経て、91年、前田医院を継承。94年、宥善会前田医院理事長に就任。2014年、 東広島医師会理事に就任。15年、東広島内科会会長に就任。21年の春から、春からより高度な医療を提供できるよう、大腸カメラ、胃カメラ、訪問診療に力を入れた分院の東広島中央クリニックを開設。
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「恕(じょ)」という言葉を人生の指針としています。これは人の悲しみや苦しみを知るという意味です。アフガニスタンで医療活動や農業支援に尽力し凶弾に倒れた日本人医師、中村哲先生のスピリットでもあります。私も、ただ病気を治すのではなく、一人ひとりの患者さんの心に寄り添う医師でありたいと思っています。これから医療の分野でもAI(人工知能)やロボットの活用が進むと思いますが、人にしかできない「心」の部分に焦点を当てた医療を大切にしています。
親族に医師が多く、その一人に海軍の医学校を首席で卒業した元軍医中将がいるという話を子供のころに聞かされ「きっと威厳のある人なのだろう」と畏敬の念を抱いていました。実際に会ってみると思いのほか腰の低い穏やかな紳士で、「こんな大人になりたい」と憧れたものです。本格的に医学の道に進もうと思ったのは、小学6年生の時。ストーブで大やけどを負い、長期の入院生活で医師の姿を間近で見たことがきっかけとなりました。
私の周囲には良い刺激を与えてくれる存在が常にあり、特に弟と幼なじみの友人は、進む道は違っても、生涯のライバルであり良き相談相手でした。また学生時代にも素晴らしい恩師との出会いに恵まれ、病理学の教授はその分野で世界をリードし多忙を極める先生でしたが、常にエネルギーに満ちあふれている姿を見ると、「私もあのような立派な医師になろう」と何度も勇気付けられました。
卒業後は消化器内科医として大学病院や医療センターで忙しく働いていましたが、42歳の時に大きな転機が訪れました。叔父が戦後間もないころに黒瀬町という小さな町で開業した前田病院を私に継いでほしいというのです。自分で病院を経営することは考えられなかったので一度は断りましたが、「地域に必要としている人がたくさんいるのに、後継者がいなくて困っている。できる限りバックアップするから、どうにか頼む」と懇願され、引き受けることにしました。ところが引き受けてほどなく、叔父が他界してしまいました。一人でやっていけるのかと途方に暮れましたが、地元の方たちは継いだばかりの私にとても良くしてくれて、信頼を寄せてくれました。今も、畑でとれた野菜を持って顔を見せに来てくれます。そんな時が一番うれしいです。失敗もたくさんしましたが、なるべく他人(ひと)任せにしないように努力してきました。患者さんから教えてもらうこと、気付かされることもたくさんありました。院長としては100点満点中、70点ぐらいでしょうか。今は継いで良かったと心から思います。
3年前に私の息子もあとを継ぐと言ってくれたので、東広島市内に分院の東広島中央クリニックを新設しました。本院、分院ともに消化器の専門診療や、胃カメラ、大腸カメラなど内視鏡検査、内視鏡による治療、健康診断に力を入れてます。黒瀬町の本院の前田医院は高齢の患者さんが中心ですが、分院には30代、40代の若い方も多く来院します。私の親族は40代で大腸がんを患い奥様と幼いお子さんを残して亡くなりました。今や2人に1人ががんになる時代です。初期のがんは症状がないことも多く、気がついた時には手遅れということもあります。若い世代には定期健診の大切さを啓蒙し、がんを恐れるよりも早期発見、治療を推進して、この地域で、がんで亡くなる人をゼロにすることが目標です。
今取り組んでいる訪問診療もさらに体制を強化していきます。住み慣れた自宅で過ごしたいと願う患者さんのために、地域の訪問看護や介護サービスと連携しながら在宅医療を支える一助となれればと思います。しかし「自分の時間を削ってまでやりたくない」「深夜に呼び出されるのは負担」と消極的な医師も多く、地域の訪問診療医はまだ足りません。それでも誰かがやらなければいけないことなので、同じ志を持つ人を集めることが今の課題です。人数がそろえば、一人当たりの負担も少なくて済むはずです。やるべきことが山ほどあり、当分隠居できそうにありません。どれも私一人では実現できないので、スタッフをはじめ同志たちと「恕」の精神を共有しながら、取り組んでいきたいと思います。
自分の歩んできた人生を「これで良かったか」と考えることもありますが、後悔はありません。「そこまでしないといけないのか」と言う人もいますが、誰かに評価されたいのではなく、自分の信念で動いていることですから、納得するまでやるのは当然です。若者のみなさんも、自分が何をしたいのかをじっくり考えてください。海外に出てみるのも、本を読むのもいいヒントになると思います。やりたいことが決まったら、何があっても前に進んでください。きっと困難もありますが、良き仲間を見つけて一緒に乗り越えてください。大切なのは、上辺だけの人生にしないことです。納得いく人生を送れているか常に自問自答して、悔いのないように生きたいものです。