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納村哲二
1960年福井県出身。84年ソニー入社。88年から8年間の欧州駐在を経て、2001年フェリカ事業部 国内・海外営業統括部長に就任。08年フェリカポケットマーケティングを設立。代表取締役社長に就任。
https://felicapocketmk.co.jp/
※本サイトに掲載している情報は2023年5月 取材時点のものです。

INTERVIEW

これまで多くの地域や自治体が「地域通貨」に取り組んできました。しかし、根付くことなく消えていったものがほとんどです。私たちも14 年間地域通貨に取り組む中で、多くの失敗を繰り返してきました。どれほど入念な計画を立てても思い通りにいかないことのほうが多く、諦めかけたことも何度あるか分かりません。それでも、挑戦して失敗するリスクよりも、何もしないリスクのほうが大きいと実感しています。まだ成功していると自慢して言える状況ではありませんが、ようやく成功への道筋が見えてきたところです。

地域通貨事業はいばらの道

納村哲二

前職のソニーで8年の欧州駐在を終えて帰国して、まず感じたのは日本の首都圏一極集中と地方の衰退ぶりでした。私も地方の出身です。四季折々の美しい自然やおいしい食べ物、独自の文化や伝統を持つ地元を愛していますが、かつての活気を失っているのを感じます。地方をもっと元気にする方法はないかと真剣に考えるようになりました。

首都圏一極集中はさらに進み、地方からお金が流出しています。地方には仕事もなくなり、若者は地元を離れ、地方は衰退の一途をたどるという悪循環に陥っています。地方からのお金の流出を防ぐにはその地域でしか使えない地域通貨が有効ではないかと考えました。当時私はソニーで「フェリカ」という IC カードの技術を扱う部署にいたので、これを既存の電子マネーの機能に加えて地域通貨のツールとして使えないかと模索するようになりました。最初は社内ベンチャーとして今の会社を立ちあげましたが、周囲には「地域活性化を民間ビジネスモデルで成立させることは簡単ではない。少なくとももうかりはしない分野だし、いばらの道だぞ」とずいぶん心配されました。これまで地域通貨で失敗している多くのケースに言えることですが、地域通貨自体が目的になってしまうことがあります。地域通貨はあくまで地域活性化という目的を実現するための道具(手段)だということを何度も自分に言い聞かせました。

私が思い描いたのは、その地域で良いことをすれば地域通貨がもらえるシステムです。たとえば、地域のイベントやボランティア活動に参加したり、買い物にエコバックを持って行ったり、電気をこまめに消すなどの環境に配慮した行動をすることでポイントが付与されます。運動をする、定期健診を受けるというようなことでもいいかもしれません。健康になれば医療費の削減につながるという理屈です。こうなると地域通貨は、その地域にどれだけ貢献してきたかの指標になります。貯まった地域通貨は地元のお店で買い物をするのにも使えますし、子ども食堂や動物保護団体のような自分の関心の高い NPO(民間非営利団体) などに寄付することもできます。そうして一人ひとりの意識や行動が変わり、価値観が変わり、ウェルビーイング(心身の健康)が育まれ、地域も世の中も変わっていくと信じています。

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ささいなことが地域貢献と自分の幸せにつながる

日本は 国内総生産(GDP) 世界3位、世界屈指の治安の良さと高い教育水準を誇る国であるにもかかわらず、国民の幸福度は、世界50位程度です。これは自分の時間を社会のため、誰かのために使うことに幸せを感じる経験が欠けているためだと私は考えています。地域貢献とか社会貢献というと高尚でハードルが高いことのように思えますが、たとえば歩いただけで地域貢献になり、そうやってためたポイントを社会貢献に使えとしたらどうでしょう。「こんなことでいいんだ」「これなら自分にもできる」と思えるはずです。地域通貨で地域に貢献しているという充足感、地域への愛着や誇り(シビックプライド)が湧き、そこにある小さな幸せに気付く日本人が増えるきっかけになればいいと思います。

20年には、地域通貨の決済機能を軸に、健康、SDGs(持続可能な開発目標)、地域の生活情報など複数のアプリを一つに集約したリージョナルスーパーアプリ(RSA)の提供を始めました。現在は、まだ22地域ですが、今後はこのRSAをメインにして3年間で100地域での導入を目指しています。ユーザーはこのアプリ一つで地域通貨となるポイントの利用や管理のほか、行政からのお知らせや地域イベント、買い物情報を受け取ったり、端末で計測された歩数を記録して健康管理に使うこともできます。ユーザーが増えれば、地元企業にとって広告効果の高いメディアにもなるでしょう。本格的な取り組みはこれからです。様々な可能性を追求して、地域での生活に必要不可欠な「市民アプリ」を目指します。

私は何事も取り組むスタンス(姿勢)が大事だと考えています。スタンスの良い人の元には自然に協力してくれる人が集まり、期待以上の成果が出ます。社員たちには「創意工夫」と「試行錯誤」を大事にしたスタンスでいてほしいです。とにかくやってみて、思ったとおりにいかずに悩んで悔しい思いをしても、諦めずに改善を続けていくことに仕事の面白さと価値があるのだといつも伝えています。私自身は「我以外、皆我が師なり」のスタンスを大切にしています。今の若い人は優秀です。いばらず、驕(おご)らず、若者の話に耳を傾ける経営者でいたいと思います。

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