- 奥村知生
- 1967年生まれ、東京都出身。早稲田大学大学院理工学研究科修了後、化学系事業会社の情報システム部門でITキャリアをスタート。外資系IT企業、財閥系事業会社、外資系総合コンサルティング会社を経て、アセンド・クロス・パートナーを設立。
- https://www.ascend-xp.co.jp/
私が社会人としてスタートを切ったのがちょうど30年前。様々な経験を通して成長させてもらいましたが、その間、日本経済は停滞したままです。この「失われた30年」を日本が取り戻すきっかけづくりをしたいという思いで、会社を立ち上げました。クライアントと共に課題解決に向き合いながら、自分が培ってきたアセットや思いをこれから社会で活躍する方々に伝授したいと思っています。大切なのは言葉やスキルよりも、相手の心を動かす熱量です。一緒に喜びや感動を分かち合うことが、クライアントや自分自身の成長につながると信じています。
藤沢市の鵠沼海岸のそばで育ったので、子どもの頃は学校が終われば海で遊んで、真っ黒に日焼けしていました。世に出たばかりのマイコンに心惹かれ、両親に買ってもらったテキストを眺めては、電器屋で実機に触れてワクワクしたものです。電化製品をドライバーで開けて中の仕組みを観察するのも好きでした。高校の進路選択では迷わず理数系を選びました。
学生時代に研究でかかわった大手フィルムメーカーに就職。情報システム部門で社内システムの管理に携わり、ホストコンピューターと格闘する日々を数年過ごしました。転職先の外資系IT企業では、マネジメントの力を蓄える道と、技術者としてテクニカルな道を突き進む道のいずれかを選択するのですが、前者のほうが向いてるだろうというのが上司の見立てでした。以来、プロジェクトマネジメントを自分の軸として、クライアントの課題解決に取り組んできました。その後、非鉄金属メーカーで数百億円規模の全社DX化に取り組んだり、外資系総合コンサルティングファームでビジネスグロースを学んだりしながら経験を積みました。
長い間、大企業を渡り歩き、規模の大きなプロジェクトや業務改革にかかわってきました。しかし、本当にサービスを必要としているのは十分なリソースを持たない中小企業であり、そこへのサービスが行き渡っていないことを感じ始めていました。それなら自分で一から道を切り開いてニーズのあるお客様に手を差し伸べたいと考え、起業に踏み切りました。2年目の今はまだ、真っ白なキャンバスに自分の色を付けているような感じです。経理を自動化したり、契約の正当性を担保するためにAIを活用したりするなど、バランスの良い洗練された会社を目指して作り上げているところです。
クライアントの課題解決にマニュアルはありません。コミュニケーションを重ねながら、データやクライアントの状況を的確に捉え、潜在的な課題を見つけていきます。大変な作業ですが、それがこの仕事の面白さでもあります。結果は、コスト削減や生産性の向上、社員のエンゲージメントの向上などのように数値化できるものもあれば、社内の雰囲気が良くなった、従業員の笑顔が増えたというように数値で表せない効果が表れることもあります。数値や結果はもちろん大切ですが、プロジェクトを通して成長を実感してもらえるような仕事を心がけています。
「両利きの経営」というビジネス書の中で、既存事業の“深化”と新規事業の“探索”の両軸を広げる経営理論を提唱しています。これを自分に当てはめると、強みである組織改革やプロジェクトマネジメントを極めることが“深化”にあたりますが、それだけでは革新的なアイデアや新たな価値を生み出すことはできません。休みの日は読書や旅行、スポーツ観戦や美しい景色を楽しみ、新しいことを“探索”し感性を磨くことが仕事にも生きていると感じます。事業を大きくするとか、何年後に何十億売り上げるというような目標はありません。これからも必要な人に必要なサービスを届け、感動を分かち合えればと思います。30年培った人脈を“深化”させつつ、まだお会いしたことがないお客様とのご縁も“探索”していきたいです。
素晴らしいポテンシャルを秘めた若者は数多くいます。彼らが社会や国をリードしていけるような人材に育つよう、ヒントを与え、情熱に火を灯すことが私の信念です。私とご縁のあった若者たちが、同じように次の世代へ魂と情熱を受け継いでいってくれれば、失われた30年を凌駕する原動力になるはずです。
若者のみなさんには、未来への希望を持ち、常に新しいことにチャレンジしてほしいと思います。困難に直面することもあるかもしれませんが、真摯で謙虚な姿勢と思いやりの心があれば、必ず乗り越えることができます。みなさんと一緒に仕事ができる日を楽しみにしています。
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