profile
太田健介
1963年9月生まれ、大阪府出身、1989年、大阪市立大学医学部卒業、医師免許取得。同附属病院であるドイツマックスデルブリュック分子医学研究所留学、大阪市立大学医学部臨床検査医学教室講師、大阪府済生会中津病院などを経て、2018年5月にLIGARE血液内科太田クリニック・心斎橋の院長に就任。その後、2022年9月、理事長に就任し現在に至る。
https://ligare-clinic.com/
※本サイトに掲載している情報は2024年3月 取材時点のものです。

INTERVIEW

命にかかわる病気を宣告され、これまで培ってきた人生観や価値観が一変する患者さんの姿を何度も見てきました。患者さんは一様に「今まで何をしていたのだろう」とおっしゃいます。病気は不幸なことかもしれませんが、「人生の目覚まし時計」と表現する人もいます。人生は有限であり、どんな生き方をしようとお迎えはやって来ます。富や地位を手に入れたところで、特別長生きできるわけでも幸せになれるわけでもありません。後悔しない生き方とは、誰もが持つ「心の声」に従うことだと思います。自分の本質にある心の声に耳を傾け、それに従って正しいと信じたことに挑戦することが大切ではないでしょうか。

日本のがん診療が立ち行かなくなるという危機感

太田健介

最初に人生の大きな衝撃を受けたのは、5歳の頃飼っていたシャム猫が死んだことでした。「死」というものの存在を初めて実感し、もう二度と会えないと思うと胸が張り裂けそうでした。感情をどう処理していいか分からず、愛猫が何度も夢に出てきたのを覚えています。その数年後、隣家のご主人が倒れ、救急隊が懸命に心臓マッサージを試みるも亡くなってしまう場面を目撃しました。自分の親もいつか死んでしまうかもしれないと思うと眠れませんでした。中学生の時に手塚治虫氏の「ブラックジャック」を夢中で読み、医師になろうと決めました。

当初はブラックジャックと同じ外科医を目指しましたが、医学生時代に様々な診療科を見て回るうちに、一生かけて取り組むなら他の医師が選ばないような特殊領域にしようと考えました。私が選んだのは血液内科。できたばかりの新しい診療科で、白血病、悪性リンパ腫などの血液がんや、血液の難病を扱っていました。血液のがんは比較的若い人や子どもの患者さんが多いので、その人たちの天寿を全うさせてあげたいという思いもありました。

2006年から大阪市内の総合病院に血液内科を新設することになり、私が初代部長に就任しました。立ち上げ直後から患者数は激増し、常にキャパシティを超える状態に。紹介を断っても「他に診てくれるところがないんです」と食い下がられました。最初は自分たちの成果だと得意になっていた医師たちも、次第に疲弊し始めました。どうやら高齢化や医療の進歩による延命でがん患者数が加速度的に増え、設備が揃う大病院に負担が集中するという社会問題が背景にあるようでした。これによって大病院の医師は不足し、待合室は常に患者さんであふれ返り、受診さえかなわない「がん難民」も大勢いるという深刻な状況になっていたのです。このままでは日本のがん診療は立ち行かなくなる。そこに一石を投じる可能性が自分にあるのなら、やらない手はないと思い、国内初の血液内科専門クリニックを立ち上げる決意を固めました。

  • 太田健介
  • 太田健介

大病院と同レベルの診療をクリニックで

前例のない業態のクリニックにもかかわらず、多くの医師仲間やスタッフ、製薬会社に助けていただき、リスクの高い融資を引き受けてくれる銀行も見つかるなどいくつもの偶然が重なり、構想からわずか1年で開院にこぎつけました。私自身の努力というよりも、何か大きな力に導かれたような気がしています。

血液内科にはがん化学療法や免疫療法、造血幹細胞移植などの高度で特殊な治療が必要なため、その機能も人材もほとんど大病院に集中していますが、それと同レベルの診療ができるクリニックを目指しました。大病院の複数の血液専門医に応援診療を依頼し、知見を活用させてもらっているほか、がん診療にかかわった経験のある看護師、薬剤師、血液検査技師を採用し、医療機器も大病院に劣らないものを導入しました。また現役世代の若い患者さんも多いことから、患者さんやご家族が通院のために仕事やライフスタイルを犠牲にしなくて済むよう、診察や治療のスケジュールをできるだけ柔軟に選べるように配慮しています。スタッフ全員が患者さん一人ひとりの名前と病気を把握し、スムーズな診療のために率先して動いてくれるおかげで待ち時間を大幅に短縮でき、大病院のように受付から会計まで半日かかるようなこともなくなりました。

開院から5年、クリニックでも高度ながん診療や難病診療はできるという前例を作ることができたと思います。当院のようなシステムは、米国では地域がんクリニックとして普及しています。これが日本でもスタンダードになればと思います。血液内科に限らずいろんな診療科の医師が、がんの最先端治療ができるクリニックを立ち上げてくれたらうれしいですね。がんは大病院で診る前提で国がシステムを構築しているので、クリニックが同じことをして採算が取れるようにするためには仕組みから変えなければならず、国や製薬会社、患者会などの協力も不可欠です。大病院で行われるがん治療の多くの部分を、地域の「がん専門クリニック」で担うことができれば、患者さん、医師、そして国にとっても大きな利益となるはずです。

ページの先頭へ