- 新沼直哉
- 1982年生まれ、岩手県出身。大学卒業後、薬剤師として勤務。2010年セキムラに入社、15年代表取締役社長就任。歯科医療を中心とした医療機器・医療用品の製造販売を手掛ける。
- https://www.sedent.co.jp/
社員一人ひとりが仕事を通してどんな幸せを描いているのか、じっくりヒアリングして突き詰めています。それを会社全体で共有し、全員の幸せを全員でフォローする。セキムラにはそんな企業文化ができつつあります。私自身、会社を大きくしたいとか業績を伸ばしたいというだけではなく、この会社に所属していることを純粋に楽しみたいですし、社員たちの成長を後押ししてあげることこそ、自分がやりたいことなのだと感じています。
子供の頃は内気で友達も少なく、家にこもって漫画を読んだりゲームをしたりして遊ぶことが多かったです。両親が共働きで祖母に育てられたので、祖母を楽にしてあげたいと思い薬剤師を目指しました。薬科大学を出てドラッグストアや調剤薬局で仕事をしている時に、妻と出会いました。
妻の実家は1960年創業の医療機器メーカーで、結婚後に私も入社しました。会社の経営状況は厳しく、長くは持たないだろうと思っていましたが、娘婿である私が我先に船を降りるわけにもいきませんでした。しかも、とどめを刺されるように社屋が火事で全焼、創業者が事故で急逝、と災難が相次いだのです。会社の空気はいよいよ末期的でした。そんな中、次の経営者として私に白羽の矢が立ったのです。社員たちはよそからやって来た若造の私のことなどまるで信用していませんでした。もともと高かった離職率にも拍車がかかりました。一薬剤師として生きてきた私にとって経営はあまりにも荷が重く、夜も眠れず体にも支障をきたし、複数の薬を服用しながらやり過ごしました。経営者は完璧でなければいけないと思い込んでいましたし「誰も味方はいない」と一人で抱え込んでいたのです。
しかしある時、私も社員たちの気持ちを知ろうとしていなかったこと、会社の思いを社員たちに発信していなかったことに気が付きました。そして、マネジメントとは人の力を借りることで自分でやる以上の成果を得ることだと知りました。
私は「安心・安全・衛生の商品で世の中を変えていきたい」という会社のビジョンを発信し、社員たちに「この会社で社員一人ひとりに成長し輝いてほしいし、社員みんながこの会社でよかったと思えるような文化を一緒に作っていきたい。私一人の力では限界があるから、みんなの力を貸してほしい」と訴えました。
社員たちは「私に何ができますか」と次々に手を上げてくれました。会社は変わっていきました。今まで満足なコミュニケーションが取れず、それぞれが「自分しか頑張っていない」と不満を抱えていたのが、自分にできることを主体的に考えてくれるようになったのです。社内の雰囲気だけではなく、営業や製造、お客様へのアプローチの仕方にも変化が出てきて、売り上げもこの3年で右肩上がりになってきました。「仕事なんて生活のためだ」と割り切っていた社員たちも「人とかかわって成果を上げることがこんなに楽しいなんて」と目を輝かせています。会社に批判的だったベテランの社員たちも、若手たちの成長を認め、喜んでくれるようになりました。社長就任当初はこんなに笑顔があふれる前向きな会社に変われるとは思いませんでしたね。社員たちには心から感謝していますし、その気持ちを照れずにしっかり伝えるようにしています。
「老舗の医療機器メーカー」というと保守的で固そうなイメージがあるかもしれませんが、うちは若手が意見やアイデアを出しやすい社風に変わりました。YouTubeやSNSでの情報発信にも注力していますし、枠にとらわれないユニークな会社でありたいですね。私自身、プロダクトデザインに憧れがあるんです。一般的に医療機器は無骨なデザインですが、そこに洗練されたかっこいいデザインの商品を展開できれば面白いと思います。品質が良いだけではなく、デザイナー家電のようにスタイリッシュな製品が増えれば医療業界にもっと付加価値が提供できると思います。
また、今は主力製品である笑気麻酔機器を歯科や美容外科で使っていただいていますが、他にも小児救急や精神科、健康診断など、様々な現場に販路を拡大していきたいですね。医療従事者だけではなく、一般の方々にも使っていただけるような製品も開発中です。セキムラが培ってきた技術と品質を生かして、幅広い方の生活を豊かにしたいと考えています。
仕事は、お金や生活のためではなく、自分の幸せのためにするものです。若者のみなさんには、どんなことで幸せを感じられるかを見極め、人生の軸を決めて突き進んでいただきたいと思います。これは私の経営者としての信念でもあります。私には、自分の可能性や才能、人格を磨きながら、ご縁のある方たちを幸せにしていこうというビジョンがあるので、それを貫いていきたいと思います。