医師としてスタートを切ったばかりの20代のころ、90代の患者さんに「あなたに出会えてよかった」と言っていただいたことがありました。こんなふうに人に感謝できる人は豊かな人生を過ごしたのだろうと思いました。日々豊かな気持ちで過ごせて、何ごとにも感謝できることこそ人間にとって本当の幸せだと思います。そういうことを大切にできる場所をつくっていきたいです。
小学生から医師を目指す
当医院は大阪市平野区にある産婦人科で、約100年に渡り地域に根ざしてきました。健診から出産、婦人科の受診もできることが特長で、産科ではひと月に50人ほどの赤ちゃんが生まれています。母親が感じている気持ちは子供の性格や個性につながっていくのではないかと考えているので、母親が毎日を穏やかに過ごせるかを重要なテーマとして仕事に関わっております。私たちは妊娠期の不安を解消し、一生の自信になるような出産体験をサポートし、その自信をもとに産後の毎日を楽しんでもらえるよう努めています。患者さんの心を満たす医療をスタッフ全員で追求し、出産後も安心して相談に来られる場所を目指しています。
事業継承を経て、2019年に5代目院長になりました。小学生のときに医師になることを決め、私立の中学校に進みました。中学受験時は勉強以外のすべてを捨てたような生活をしていました。中高では、様々な挫折があり、日々もがきながら過ごしていました。その悩みの中で「どのように生きるべきか」を深く考えることができました。医学部時代には本当に医師になるべきか悩み、事業を起こすべく奔走した時期もありました。多くを失い、もがきながら進んでいましたが、悩み抜いて出た答えは、やはり医師としての道でした。
そのきっかけになったのが妻です。そして、両親と向き合うきっかけもつくってくれました。両親に心を尽くして育ててもらったと深く感じることができ、産んでもらったことに心の底から感謝することができました。そのことから、産婦人科医として、母親を支援し、女性の生涯に渡る心身の悩みに寄り添えるようになりたいと強く思ったのでした。
医学部で学ぶ中で経営に成功している病院やクリニックを見学して、自分の理想とする形を考えはじめました。無事に医師資格を取得してからは総合医療センターに勤め、生死をさまよう患者さんの治療に携わりました。その後年間約1300件もの出産を扱う病院に勤め、毎日多くの出産に携わりました。「生」と「死」に毎日触れることで、どう生きるべきかを深く考えさせられました。理想を実現すべく、産婦人科医としての研さんを積みながら、様々な事業の経営者に師事しつつ、産婦人科経営者になる準備を進めていきました。時には「自分は本当に産科で開業できるのか」と不安になりましたが、空気を吸うように続けて来た産科の仕事をライフワークにしようと独立する覚悟を決めました。
人の心を満たす生き方を
開業にあたり手本にしたのは、助産院です。「いらっしゃい」と迎えてもらえて、産後も気兼ねなく相談できる家のような場所です。大病院では初対面の患者さんの出産を担当してもその後二度と会わないこともありましたが、今は患者さん一人ひとりの顔も名前も覚えられますし、じっくり関わることができます。開業当時16人だったスタッフは今では50人に増え、緊急時の対応も含め丁寧に対応できる環境が整っています。私自身は勤務医時代よりも自由な時間は減りましたが、人生の充実度は格段に上がりました。毎日こんなに「おめでとう」が言える診療科は他にありませんし、この幸せを積み重ねていけることは産婦人科医の醍醐味です。
今注力しているのは人が育つ場づくりです。患者さんや子供が未来にワクワクしながら育っていける場所をつくりたいと思っています。そして、スタッフが才能を開花させ、働き甲斐を持って成長していける場所をつくっていきたいです。医院が発展しつづけるためには、患者さんとスタッフ双方の心をポジティブな感情で満たすことが必要です。また、患者さんに寄り添える精神と医療技術を併せ持つスタッフも不可欠です。そして、自分含め各自が「調和」を大事にする感覚を持つべく試行錯誤しています。今後は母親が集まるコミュニティーをつくりたいです。悩みを相談し合い、承認し合うことで、元気と力がもらえる場所をつくりたいと思っています。
私の道しるべは「日常感じる感情の質が人生の質」です。目の前のことに一生懸命になりすぎて色々なものを失った時期もありましたが、どれほど経済的に成功しても自分や身近な人が豊かな気持ちでいられないならば、それは本当の幸せではないと思います。逆に経済的に成功しなくても日々豊かな気持ちで満たされていて、誰かの役に立っていると感じられていれば、何をしていても幸せなのではないでしょうか。多くの患者さんを看取ってきて、身近な人に惜しまれながら最期を迎えることが本当の幸せだと気付きました。世の中に喜びの種をまく生き方をする人が増えたら、日本はもっと良くなるはずです。皆さんも私と一緒に、人の心を豊かにする方法を探っていきましょう。