- 向後亜希
- 1974年生まれ、東京都出身。聖心女子大学心理学科卒業後、獣医師を目指し酪農学園大学獣医学科編入学、卒業。埼玉県や東京都内の動物病院勤務を経て、2007年「わんにゃんワールドどうぶつ病院」院長に就任。09年、多摩市に「こうご動物病院」を開業。著書に「かけがえのない家族を守る動物病院との最高の付き合い方」(ダイヤモンド社)
- https://www.kougo-ah.com/
もう治療ができないと言われてしまった犬や猫に対して、私たちは一般的な西洋医学以外にも鍼灸治療や漢方を用いた東洋医学、自然療法、統合医療など、様々な選択肢の中から、飼い主さんと一緒に治療法をじっくり話し合います。飼い主さんや物言えぬ動物たちにとって最善の選択ができるように心がけています。犬や猫の一生は短いので、必ずお別れの時が来ます。どんな治療を選択しても「もっとこうしておけば」と後悔は残るものです。しかし、その時に飼い主さんが必死に考え抜いた選択であれば、間違っていないと私は思います。動物も飼い主の選択を「ありがとう」と受け取ってくれているはずです。
大学生の時に、知人から子猫を引き取りました。動物は好きでしたが、飼うのは初めて。まるで友達のようにそばにいてくれる猫のかわいさにすっかり魅了されてしまいました。当時、カウンセラーになりたくて大学で心理学を専攻していましたが、どうしても動物にかかわる仕事がしたいと思うようになり、一念発起して獣医大学に入り直しました。文系から理系へとまったく畑違いの世界に飛び込むのは大変でしたが、新しい学びがたくさんあって楽しかったですね。
獣医大を卒業し動物病院に勤務していた頃のこと、飼い猫が消化器系の病気を患い、免疫抑制剤を服用しなければいけなくなりました。強い薬を飲ませ続けることには抵抗がありましたし、症状を抑えることはできても根本から治すことは難しく、西洋医学の限界を感じ始めました。そんな時に出会ったのが東洋医学です。麻酔や手術、強い薬に頼らない治療法を知り、私の猫も小さな体に負担をかけることなく最期まで穏やかに過ごすことができたのです。こんな選択もあることをもっと多くの人に知ってほしいと思いました。
東洋医学を扱う動物病院に絞って転職先を探し、ペットショップやトリミングサロンが併設された大型施設内の動物病院で働き始めました。ところが半年後に院長先生が退職してしまい、急きょ私が院長を務めることに。さらにその1年半後、大型施設が経営難で閉鎖することになったのです。通告があったのは閉鎖の3か月前。あまりにも突然のことで戸惑いましたが、今まで診ていた動物たちを途中で見放すわけにはいきません。すぐに起業計画書を書き上げ、テナントを探し、融資を受けて、4カ月半後には「こうご動物病院」を開業しました。お金も人脈ない私をここまで突き動かしたのは、ただ獣医師としての使命感だけでした。
犬や猫が幸せに暮らすためには、まず飼い主さんが幸せであることが大前提だと私は思っています。家族として一緒に暮らしていても、動物には動物の、飼い主には飼い主の人生があるのですから、過度に依存する関係は理想とは言えません。動物は言葉を話さなくても人の気持ちを察するので、飼い主さんの不安は動物にも伝わるものです。大切な犬や猫が病気になると、不安で何も手につかなくなってしまう飼い主さんも多くいらっしゃるので、心理カウンセラーによる飼い主さんのメンタルケアにも力を入れているところです。
私自身も、仕事に依存しすぎないように心がけています。日々の仕事の中で、残念ながら命を救えないこともあります。悔やむこともあります。それでも、感情にとらわれて立ち止まるわけにはいきません。何があっても前を向くためにも、休む時は仕事のことは考えずしっかり休むようにしています。そうすることで、また次の日から良い仕事ができるのです。現在、病院での診察とは別に、主に職場での悩みを抱える女性を対象にカウンセリングを提供しています。良い仕事をして良い結果を導き出すためには、良い職場環境が必要です。私たち獣医師も例外ではありません。働いている自分自身が幸せでないと飼い主さんや動物を幸せにすることはできません。大変な仕事ですが、業界全体がもっと働きやすくなることを目指したいですね。
人生の主役は自分自身です。一度きりの人生、自分がやりたいことをどんどんやるべきです。私も、やりたいと思ったことは必ず行動に移してきました。みなさんも自分に制限をかけず、一歩を踏み出してみてください。したいことが分からない人は、他人の事を優先してしまう心優しい人かもしれません。他人に合わせるのではなく、自分で選択するように意識していくと良いと思います。大きな決断ではなく、日々の生活のちょっとしたことから自分のしたいこと、好きなことを選択していくうちに、自分のやりたいことが見えてくるはずです。