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金光宇
1962年、東京都足立区出身。帝京大学医学部を卒業後、東京女子医科大学第二病院で心臓外科医として勤務。医療法人社団成和会西新井病院循環器科を経て、現在は同法人の理事長を務める。ある若者の死をきっかけに予防医療の大切さを痛感し、現在は予防医療および通常診療の充実と、地域医療の発展のために注力。また、メタボリックシンドロームの予防や「足立区おいしい給食推進委員会」、「特定非営利活動法人 ADMS」など、地域活動にも積極的に尽力している。
https://www.seiwakai-nishiarai.jp/
※本サイトに掲載している情報は2023年3月 取材時点のものです。

INTERVIEW

医師という職業に前向きになれなかった自分に、若く尊い命がその道を教えてくれました。あの日から私の医師としての人生が始まりました。予防医療の啓蒙や日々の診療の充実によって医療負担を軽減できれば、限られた医療資源を先天性の病や不慮の事故で失われる命に集中することができます。病気を予防し、日々の診療を充実させることこそ私たち医療機関の使命です。

若者の死に直面して芽生えた、医師としての覚悟

金光宇

私の医師としてのライフワークは「治療」より「予防」です。大学では「治療」することを中心に学びますが、本当に社会のために大事なのは「予防」だと考えています。そのことをある若者の生きざまと最期から学びました。私は自分から積極的に望んで医師になったわけではありません。父も祖父も医師という家系の出で、それ以外に選択肢がなかったのです。一時は別の夢を抱いたこともありました。しかし、違う道を行くならすべてを置いて裸で出ていけと、父に強く反対されたのです。

そのため医大に入り医師になりましたが、最初のころは使命感も薄く、仕事にも前向きではなかったと言わざるを得ません。そんな私の意識を変えてくれたのは先天性疾患をもつ高校2年生の患者でした。彼女の手術前から術後のリハビリ、そして最期の瞬間まで見守りました。そのとき、「自分より若い人が病気で死ぬのは罪、許せない」という強い思いに駆られたのです。医療に本気で取り組もうという自覚が生まれました。それと同時に「予防」をライフワークにしようと決意しました。

医療資源は限られています。重症化する前に予防できれば、限られた医療資源を必要な人のために集中できる。病気を予防することこそ、社会のために重要だと私は思います。若い彼女をみとったことで初めて、医師としての人生が始まったのだといえるでしょう。

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地域全体でよい循環を生むためには、医師としての葛藤もある

私たち成和会は地域医療の拠点病院として「医療の原点」を重視しています。例えば、親はおなかが痛いと訴える子どものおなかをさすります。頭が痛いといえば頭をなでるでしょう。それが「医療の原点」です。我々は決して医療従事者だから患者を診ているわけではありません。自分の家族だったらどう思うか。その意識を大事にして、職員と共有しています。しかし今の時代、職員も自分の人生を有意義に生きることも大切です。患者のためにすべてを投げ出してほしいとは思いません。私は彼らに勤務時間内は一生懸命患者に尽くし、就業時間が終わればしっかりと豊かなプライベートを楽しんでもらいたい。そのために重要なのが予防医療なのです。

西新井病院は地域の救急医療の拠点となっています。私が医師になったころの救急外来は、不整脈やぜんそく発作、糖尿病の低血糖といった患者が一晩中運ばれてきていました。しかし、このような患者は通常の外来診療が充実していれば自然と減っていきます。そうすれば救急外来は不慮の事故や予測できない症状の悪化という、本来の患者を受け入れることに特化できます。通常の外来で充実した診療を行えば、救急医療は本来の役割に戻ることができる。双方が充実することで職員の精神的、体力的負担も軽減されるでしょう。職員に余裕ができれば、患者を自分の家族のように大切にケアするという意識も芽生えます。

もちろん、すべてがうまくいくわけではありません。例えば、この地域には生活保護を受けている人やオーバーステイの外国籍の人なども多くいます。医療費を十分に支払えない人たちを切り捨てることは絶対に許されません。しかし、すべての人を受け入れていては病院が赤字経営になり、地域から一つの病院が消えることになりかねない。私が理事長になってからは、すべての人が公平に医療を受けられるようにしなければという使命感と、病院を赤字にしてはいけないという経営者としての立場で常に葛藤してきました。医療格差をなくすため、ベストではなくてもベターな解決方法を選択するためには周囲の医療機関との連携も重要です。これからの医療は「治療する」よりも「予防する」ことが重要になるでしょう。地域医療の在り方も変わっていきます。これから医療に携わる方は、時代の変化に柔軟に対応しつつも、医療のスタートラインを忘れずにいてほしいと思います。

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